ムンクの叫び本物はどこ?4枚の真作の違いと盗難・落札額の全貌
美術の教科書や絵文字でおなじみの名画『叫び』。誰もが一度は目にしたことのあるあの不気味で鮮烈な絵画について、「本物は世界にたった1枚しかない」と思い込んではいないでしょうか。実は、ノルウェーの巨匠エドヴァルド・ムンクが描いた『叫び』の真作は、世の中に4枚存在します。
しかも、そのうちの1枚は白昼堂々美術館から強盗に奪われ、別の1枚は公開オークションで当時の世界最高額となる約120億円で落札されるなど、名画の背後には波乱万丈のドラマが渦巻いています。本稿では、現地オスロの最新展示事情から盗難事件の生々しい実態、知られざる作品ごとの差異まで、調査報道の視点で余すところなく解き明かします。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:『ムンクの叫び』の真作は全4枚存在し、ノルウェー・オスロの2つの美術館に3枚、米国の個人コレクターの手に1枚渡っている。
- 要点2:1994年と2004年に2つのバージョンが相次いで強奪される前代未聞の盗難被害に遭ったが、現在はすべて無事回収・保護されている。
- 要点3:主人公は「叫んでいる」のではなく「自然を突き抜ける叫びに耐えかねて耳を塞いでいる」というのが、ムンク自身の手記に記された真実である。
【世界に4枚】『ムンクの叫び』本物はどこにある?所蔵美術館と驚きの内訳
世界で最も有名な絵画のひとつでありながら、鑑賞者が抱く最大の疑問が「結局、本物はどこの美術館へ行けば見られるのか」という点です。結論から言えば、エドヴァルド・ムンクが自らの手で完成させた『叫び』の真作は4枚あり、その所蔵先はノルウェー・オスロとアメリカに分かれています。
最も知名度が高く、世界中の教科書や図録に採用されている1893年制作の代表作は、ノルウェーの首都にあるオスロ国立美術館に常設展示されています。2022年にリニューアルオープンを果たした同館の「ムンク・ルーム」に鎮座し、世界中から訪れる鑑賞者を迎えています。
一方で、首都オスロの臨海部にそびえるムンク美術館には、1893年制作のパステル画と、1910年制作のテンペラ・油彩画の計2枚が収蔵されています。さらに残る1枚(1895年制作のパステル画)は、2012年のオークションを経て民間の大富豪が保有する「個人蔵」となっており、公の場に姿を現す機会は極めて稀です。これら4枚のカラー作品に加え、ムンクは白黒のリトグラフ(石版画)も制作しており、版画作品の一部は世界の主要美術館に分散して収蔵されています。

【一覧比較】4つの『叫び』は何が違う?技法・制作年・現在の保管状況
同一の構図でありながら、4枚の『叫び』は使われている画材、制作年、色調、そして歩んできた歴史が全く異なります。美術愛好家でも混同しやすい4作品の決定的な差異を、一次資料および各美術館の公開データに基づき整理しました。
| 制作年・技法 | 所蔵先・所有者 | 作品の特徴・数値データ | 歴史的事件・特記事項 |
|---|---|---|---|
| 1893年版 テンペラ・油彩・パステル(厚紙) | オスロ国立美術館 (ノルウェー・オスロ) | 91×73.5cm 最も著名なオリジナル版。色彩の対比が鮮烈。 | 1994年に盗難されるも無事回収。左上に「狂人にしか描けない」の鉛筆書きが存在。 |
| 1893年版 パステル(厚紙) | ムンク美術館 (ノルウェー・オスロ) | 74×56cm 下絵・構想スケッチの趣を残す柔らかな線描。 | 油彩版に先立って描かれた初期習作と目され、劣化防止のため厳格に展示制限。 |
| 1895年版 パステル(厚紙) | 個人蔵 (レオン・ブラック氏) | 79×59cm 色彩が極めて鮮やか。オリジナルの木製額縁付き。 | 2012年に約1億1992万ドル(約96億円)で落札。額縁にムンク自作の詩が刻印。 |
| 1910年版 テンペラ・油彩(厚紙) | ムンク美術館 (ノルウェー・オスロ) | 83.5×66cm 眼窩が青く塗りつぶされ、より不気味な表情を強調。 | 2004年に武装強盗により強奪、2006年回収。2018年に東京都美術館で初来日展示。 |
厚紙(ボール紙)を支持体としている点は全作に共通していますが、テンペラ画とパステル画では表面の質感や受ける印象が大きく異なります。とりわけ1895年版のパステル画は退色が少なく、燃え盛るような夕景の赤が今なお鮮明に残されている点が特徴です。
白昼の強奪劇と衝撃の回収|名画を襲った2大盗難事件の生々しい経緯
驚くべきことに、『叫び』は過去に2度も国家を揺るがす大規模な盗難事件の標的となっています。しかも、いずれも映画さながらの稚拙かつ大胆な手口で実行されました。
最初の事件が起きたのは1994年2月12日。ノルウェー中がリレハンメル冬季五輪の開会式に沸き返っていたまさにその日、オスロ国立美術館に2人組の男が梯子を使って窓ガラスを破り侵入しました。警報装置が作動したものの、犯行グループはわずか50秒足らずで1893年版の『叫び』を壁から外し逃走。現場には「お粗末な防犯体制に感謝する」という嘲りのメモまで残されていました。ノルウェー警察はイギリスの美術特捜班スコットランドヤードとおとり捜査を展開し、約3か月後にオスロ北部のホテルで無傷の絵画を無事発見・回収しました。
しかし、悲劇は繰り返されます。2004年8月22日の日中、ムンク美術館に覆面姿の武装集団が乱入。居合わせた大勢の来館者と警備員に銃を突きつけ、壁に固定されていた1910年版の『叫び』と代表作『マドンナ』を力任せに奪い去り、待機していた車で逃走しました。この白昼の凶行は世界中に衝撃を与えました。
事件から2年後の2006年8月、オスロ警察の懸死の捜査によって作品は発見されましたが、湿気と摩擦により画面の隅に回復不能の染みや傷が残るという痛ましい結果となりました。現在、オスロの各美術館は空港並みのセキュリティゲートを導入し、厳重な防弾ガラスとハイテクセンサーによって作品を保護しています。

「実は叫んでいない」美術界最大の誤解と手記に遺された真実
頭を抱え、口を大きく開けた中央の人物――多くの人はこの人物がパニックに陥って「絶叫している」と捉えがちです。しかし、ムンク本人が1892年1月22日付の日記(通称ニースのスケッチノート)に遺した手記には、全く異なる光景が綴られています。
「私は2人の友人と道を歩いていた。日は沈みかけていた。突然、空が血のように赤く染まり、私は言葉にできない疲労を覚えて立ち止まり、柵にもたれかかった。青黒いフィヨルドと市街の上に、炎の舌と血が広がっていた。友人は先へ歩き続けたが、私は不安に震えながらそこに立ち尽くしていた。そのとき、自然を貫く巨大で無限の叫びを聞いたのだ」
つまり、絵画の中央に描かれた人物は自ら叫んでいるのではなく、「自然界から響き渡る不気味な叫びの轟音に耐えかねて、両手で耳を塞いでいる姿」なのです。恐怖の発信者ではなく、世界が放つ狂気を受信してしまった被害者のポーズであったという事実は、作品の鑑賞眼を根底から覆します。
さらに1893年版の左上部には、肉眼では見えにくい小さな文字で「Kan kun være malet af en gal Mand!(狂人にしか描けなかったに違いない!)」という鉛筆の落書きが存在します。長年、何者かによる悪質ないたずらと考えられていましたが、ノルウェー国立美術館が赤外線スキャンと筆跡鑑定を実施した結果、ムンク本人が後から書き足した自筆メッセージであると公式に結論づけられました。初の個展で精神疾患を疑われ、批評家から嘲笑されたムンクが、激しい怒りと自嘲を込めて書き殴った生々しい心の傷跡とされています。
オークションで約120億円|唯一の「個人蔵」を競り落とした大富豪の正体
公立美術館に収容されている3枚とは異なり、資本主義の荒波の中で天文学的な価値を叩き出したのが1895年版のパステル画です。この作品は長年、ムンクの友人かつパトロンであったノルウェーの実業家トーマス・オルセン家が代々保管してきました。
2012年5月2日、ニューヨークのサザビーズで開催されたオークションにおいて、この1895年版が出品されました。世界中の超富裕層によるわずか12分間の壮絶なビッド合戦の末、手数料込み1億1992万5000ドル(当時の為替レートで約96億円)という当時の美術品競売史上最高額で落札されました。
後に落札者の正体として判明したのは、米大手プライベート・エクイティ投資会社アポロ・グローバル・マネジメントの共同創業者であり、著名アートコレクターのレオン・ブラック氏でした。ブラック氏はニューヨーク近代美術館(MoMA)の理事長も歴任した人物であり、この落札劇は名画が単なる文化遺産にとどまらず、国際金融エリートたちの究極の資産防衛手段およびステータスシンボルとなっている現実を浮き彫りにしました。

【プロの結論】なぜ現代人は惹かれるのか?精神病理と実存的孤独の境界線
ムンクの『叫び』が時代や国境を超えて人々の心を揺さぶり続ける理由は、単なる奇抜な構図にあるわけではありません。その根底には、作者自身の過酷な家庭環境と、近代社会特有の精神病理が凝縮されています。
【プロの結論】実存的パニックと「境界線の崩壊」がもたらす共鳴
ムンクは幼少期に最愛の母と姉を結核で亡くし、厳格で宗教的妄想に憑りつかれた父親のもとで育ちました。「病と狂気と死が、私の揺り籠を見守る黒い天使だった」と回想した通り、彼は生涯にわたり重度の不安神経症(現代でいうパニック障害やうつ病)に苛まれていました。
精神医学および心理学的な観点から『叫び』を紐解くと、あの波打つ背景と歪んだ身体は、自己と外部世界を隔てる「心理的バウンダリー(境界線)」が崩壊した瞬間を可視化したものと解釈できます。友人はそのまま前を歩き続けている(=外界との遮断と孤立)にもかかわらず、自分ひとりが世界の圧倒的な脅威に呑み込まれそうになる恐怖。この強烈な実存的孤独は、SNSや過剰な情報に晒され、精神的境界線を侵食されがちな2020年代の現代人が抱える生きづらさと驚くほど一致しています。
名画の前で私たちが感じる戦慄は、130年以上前の画家の個人的なトラウマでありながら、今を生きる私たち自身の潜在的な叫びそのものなのです。
【実態検証】オスロで本物を見る最新の鑑賞事情と再来日への期待
「2026年の今、現地ノルウェーに行けば確実に本物が見られるのか?」という旅行者の疑問に対しては、美術館側の厳格な保全戦略を知っておく必要があります。
オスロ国立美術館の1893年版は基本的に常設されていますが、オスロ臨海部(ビョルヴィカ地区)にある新ムンク美術館では極めて特殊な展示システムが採用されています。パステルやテンペラといった画材は光に極端に弱く、長時間の露光で退色が進むため、同館が所蔵する『叫び』(パステル版、1910年テンペラ版、リトグラフ版)の3点は、1時間ごとに1点ずつ順番に扉が開いて公開されるローテーション方式をとっています。
つまり、ムンク美術館へ足を運んでも、その時間帯にどのバージョンが公開されているかはタイミング次第であり、3作品すべてを一度に鑑賞することはできません。作品保護と世界的な公開需要を両立させるための苦肉の策と言えます。
一方、日本国内での鑑賞機会はどうでしょうか。2018年秋から2019年年明けにかけて東京都美術館で開催された大規模な「ムンク展―共鳴する魂の叫び」では、1910年版のテンペラ画が奇跡の初来日を果たし、約67万人という驚異的な動員を記録しました。しかし、作品の脆弱性と保険評価額の高騰、さらに輸送リスクを考慮すると、今後の海外貸出ハードルは年々高まっています。公式発表資料等を総合しても直近の再来日計画はなく、真作の息遣いに触れるには、ノルウェー・オスロへの現地巡礼が最も確実な選択肢となります。
【ムンクの叫び 本物】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:日本の美術館に『ムンクの叫び』の本物は収蔵されていますか?
A1:日本国内の美術館に『叫び』のカラー真作(テンペラ画やパステル画の4枚)は所蔵されていません。過去に展覧会で借用・展示されたことはありますが、現存する真作はノルウェー・オスロに3枚、米国の個人蔵に1枚のみです。ただし、ムンクが制作した白黒のリトグラフ(版画)版については、倉敷市の大原美術館などに収蔵されています。
Q2:教科書に載っている一番有名なバージョンはどれですか?
A2:教科書や美術全集、一般的なメディアで広く使われているのは、1893年に制作されたオスロ国立美術館所蔵のバージョン(テンペラ・油彩・パステル)です。構図の完成度、色彩の鮮烈さともにムンク芸術の頂点と評価されています。
Q3:なぜ同じ構図の絵を何枚も描いたのですか?
A3:ムンクは自身の内面や「愛・不安・死」といった普遍的テーマを連作として探求する『生命のフリーズ』という壮大な構想を抱いていました。彼は気に入った主題を異なる画材(油彩、テンペラ、パステル、版画)で繰り返し描き直し、表現の極限を実験し続けた画家でした。また、展示用や売却用として手元に残すために複製を自作した側面もあります。
まとめ:時代を超えて共鳴し続ける「魂の叫び」を見届けるために
世界を魅了する『ムンクの叫び』の真作は世界に4枚。そのうち3枚がノルウェー・オスロの地に守られ、1枚は大富豪のコレクションとして現代アート市場の頂点に君臨しています。度重なる強奪劇や「狂人にしか描けない」という謎の落書き、そして「叫んでいるのではなく耳を塞いでいる」という衝撃の真実など、この名画には1枚のキャンバスに収まりきらない濃厚なドラマが刻まれています。
現地オスロの美術館群は、光による劣化を最小限に抑えながら未来へ名画を継承するため、最先端のローテーション展示を行っています。もし北欧へ旅立つ機会があるなら、オスロ国立美術館とムンク美術館の双方を訪れ、画家が削り出した魂の痕跡をその目で確かめてみてください。100年以上の時を超えて響く「自然の叫び」が、あなたの心にも静かに突き刺さるはずです。 (出典: ムンク の 叫び 本物(Yahoo!ニュース))